風水の歴史
|
風水の起源は今から3500年ほど前の古代中国で発祥しました。
当時、「商」代には、土地に建物を建てる際に、風水を使っていました。
それから1800年ほど下った三国時代には、墓や住宅の配置を風水的に考えるようになりました。
この時代は、方位 の計測が確立していなかったため、山や川や池の形や勢いからその土地の気の
流れを判断する方法で方位の計測などをしていました。
この頃、「郭」という人物が
「気は風に乗じて散じ、水に界られて即ち止まる」
と書き残しています。
これが風水という言葉の最初です。
7世紀から13世紀にかけては羅針盤(方位磁石)が普及し、風水が全盛期を迎えました。
福建で広まった八卦や干支や羅針盤を用いて判断する流派と、
江西で広まった地形を観察して判断する流派の二つに大きく分かれました。
やがて二つの流派は混ざり合って、17世紀半ばまで風水は大いに発展しました。
日本ではご存知の方も多いと思われますが、
映画で話題になった「陰陽師」の安倍晴明が風水の奥義を会得していました。
陰陽師は、中国から伝来した風水を踏まえ、暦を読み国の祭事を司り、
風水に基づいた都作りをしていました。
陰陽師は国の重要な地位を確立し発言そのものが国を左右していたのです。
みなさんもご存知の通り京都は碁盤の目のように整然としている都です。
それは風水に基づいて作られています。
日本で風水が登場したのはかなり古く、定説では平安時代の頃と考えられています。
最近あるゲームで日本に浸透した中国の諸葛孔明は希代の風水師で、
軍師となれば戦に勝ち、国主となれば国を適切な方向へ指導していきました。
日本では、徳川家康が京から江戸に遷都した際に、
風水の教えに基づき江戸の都を作っています。
実際江戸城は風水では理想の場所にあります。
徳川家康関連で日光東照宮があげられますが、
こちらも風水上パワーが満ち溢れている場所です。
現在、風水が大変な注目を浴びています。
経済もそうですが、行き過ぎると一度リセットして原点にかえる仕組みになっています。
現在風水は原点にかえりみなさんに認知される時代だと考えます。
「信じるのならとことん凝る。信じないのならばきっぱり手を出さない」
が大事です。
これは何事にも共通して言える事だと思います。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
今、風水と言う言葉を聞いた事の無い人はいないほど風水は世界に浸透しています。
書店に行けば「風水コーナー」まである現状です。
しかし、風水と一言で言っても実際はどのような事をするのでしょうか?
「西に黄色の物を置く」
「東にはピンクが良い」
自分の感覚を無視してまで本に書いてある事を実行しても開運は訪れないと私は考えます。
多くの人は型にはまった風水を頭に詰め込んでいるでしょう。
結果、型にとらわれすぎて実際住む人が心地良くない家が生まれているのが今の現状です。
では、どうすれば良いでしょうか?
風水とは、古代中国において、環境と人間との調和を図るための技術体系として生まれました。
日本においての風水とは、性格や運命を判断するため生年月日や方位を使用する一種の占いとして見られているのが現状です。
私の師「松永修岳」先生の教えでは、
「方位や占いの知識は、風水の周辺にすぎない」
ということです。
風水とは?
|
|
|
|
|